群馬県道・前橋館林線を走り、伊勢崎市街地を抜けて太田方面へ向かう時、早川に架かる橋の少し手前左手に見える樹木林。渕名神社の樹木林です。半世紀以上前には、すぐ西隣に存在した上淵名雙児山(かみふちなふたごやま)古墳の杜と一体化した広い緑地が広がっていたようです。雙児山古墳は前橋館林線で真っ二つに分断されましたが、渕名神社は南端部の一部が削られただけで、ほぼ全体が残ったようです。 渕名神社の由緒によれば、かつて境内に樹齢三百余年以上と思われる銀杏(イチョウ)があり、この樹皮を産婦が用いると乳の出が良くなると伝えられていたよう。かつて上淵名村時代(*1)には「佐波郡上淵名村字銀杏」と、イチョウに由来した字名が付いていました。その古木は現在は確認できませんが、現在もたくさんのイチョウが植えられていて、今年の2月23日に開催された寺社林調査観察会では17本のイチョウが確認され、最大のイチョウの棟高直径は77cm(右の写真)でした。 「鎮守の森(ちんじゅのもり)」あるいは「鎮守の杜」と言う言葉があるように、かつて、多くの神社(鎮守神)は境内や神殿、参道、拝所は多くの樹木(森林)で囲まれて守られていましたが、最近、特に住宅地に囲まれた神社は樹木が減っています。そんな中で、当渕名神社の樹木は比較的多くの樹木が残されていて、「鎮守の森」の趣を残しています。 市内の多くの神社に建つ神社名の石碑には「村社」と刻まれていて、歴史を紐解く興味が湧きますが、ここ渕名神社も、参道入り口の鳥居脇に建つ石碑には「村社 淵名神社」と刻まれています。佐位郡上淵名村時代の建立を示すものでしょう。とすれば、この石碑は131年以上前の制作となります。 淵名の地名は12世紀頃に成立した「淵名荘(ふちなのしょう)」に遡ることができ、淵名荘は隣の「新田荘(にったのしょう)」との領地争いや、伊勢崎市下触町に今も残る国指定史跡「女堀」は「淵名荘」に水を導くためだった等の研究もあり(→『中世の巨大用水路『女堀』の謎に迫る!』)、過去の関心ごとが繋がり、これまた興味の対象となります。淵名荘の領土図などが見つかり、現在の地図と重ね合わせることができれば楽しいことです。(2020/5/27 記) (*1)1889年(明治22年)4月1日、町村制施行により、周辺6村(伊与久村、上淵名村、下淵名村、東新井村、木島村、百々村)が合併し佐位郡采女村が成立する。(Wikipediaより) |
社殿拝殿の正面に掲げられた社銘板 2020/2/23 渕名神社・拝殿 2020/2/23 参道入り口から鳥居、拝殿を望む 2020/2/23 渕名神社・拝殿(左)と本殿(右) 2020/2/23 |
渕名神社の航空写真((c)Google earth) 渕名神社の地図((c)Google Map) |
参道入り口の鳥居に掲げられた社銘板 2020/2/23 参道脇に建つ石碑。 2020/2/23 「剛正」長沼少佐碑と刻まれています。 |
参道入り口の鳥居と「村社 淵名神社」の石碑 2020/2/23 手水舎(ちょうずや/てみずや) 2020/2/23 |
左側の狛犬像・口を閉じた「吽形(うんぎょう)」 左足元に子供がいて、珍しいです。 |
右側の獅子像・口を開いた「阿形(あぎょう)」 |
吽形(台座付き全体像) 2020/2/23 吽形(像部分のアップ画像) 2020/2/23 |
阿形(台座付き全体像) 2020/2/23 阿形(像部分のアップ画像) 2020/2/23 |
九つ並んだ境内社や石塔 2020/2/23 |
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二十三夜塔 2020/2/23
中央は冨士浅間宮、左右は未確認 2020/2/23 |
道祖神、大黒天、庚申塔 2020/2/23 庚申塔(上の写真を別角度で、猿田彦大神)、右端(?) 2020/2/23 境内社参道に立ち並ぶ鳥居 2020/2/23 |
以下の記述は「伊勢崎佐波の神社誌」(群馬県神社庁伊勢崎佐波支部編纂、平成2年12月20日発行)から引用。【祭神】主祭神 保食命(うけもちのみこと)配祀神 奇御木野命(くしみけぬのみこと) 大己貴命(おおなむちのみこと) 大日孁命(おおひるめのみこと) 金山彦命(かなやまひこのみこと) 倉稲魂命(うかのみたまのみこと) 大山祇命(おおやまつみのみこと) 加具土命(かぐつちのみこと) 建御名方命(たけみなかたのみこと) 素戔嗚命(すさのおのみこと) 菅原道真命(すがわらみちざねのみこと) 誉田別命(ほんだわけのみこと) 木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと) 【由緒】当社は奈良時代の創建と伝えられ、鎌倉時代に至って、豪族渕名太夫光行の篤い崇敬を受けて、その氏神として祭祀されたとも伝えられている。天下騒乱の戦国時代に一時荒廃したが、郷民の崇敬によって修復され、明治六年には村社に列せられている。現在の社殿は熊野神社と称された時のもので、明治の頃に上渕名の鎮守である飯玉大明神を合祀した際に渕名神社と改称し、保食命(うけもちのみこと)を主祭神とした。同時期、近傍に祭祀されていた金山大権現・赤城神社・諏訪神社・神明宮・天満宮・稲荷神社なども合祀し、今に至る。 境内には以前、樹齢三百余年以上はあると思われる、見上げるばかりに大きな銀杏(イチョウ)の古株があり、字名を銀杏と称される程であった。しかも、この大銀杏の樹皮を産婦が用いると乳の出が良くなると伝えられ、神社に祈願してその分与を乞う者も多かったという。 【祭日】祈 年 祭・・・・・2月17日春 季 例 祭・・・・・4月 3日 例 大 祭・・・・・10月17日 神迎感謝祭・・・・・旧11月1日 |
今日2月23日の午前中、当渕名神社で樹木林調査観察会が開催されました。社殿や狛犬、境内社、石碑など、樹木以外の写真を撮ろうと皆さんより30分程早めに到着すると、何やら濃いピンクの花が咲いています。 「え?あれ?河津桜?渕名神社に?」 近付くと河津桜。境内南東の敷地境界に沿って8本の河津桜が咲いています。咲き具合は5~6分咲き。2月19日に、”いせさき市民のもり公園”の河津桜を紹介し(→記事)、同公園では全体的に1~2分咲き。それから4日後のここ渕名神社では5~6分咲き。市民のもり公園でも同様な咲き具合でしょうか。 渕名神社のすぐ南側は群馬県道2号・前橋館林線が走っていて、過去何度も通過していますが、河津桜が植えられていることは今日初めて知りました。”花の命は短くて・・・”。開花中に出会わないとこれだけ華やかな花もその存在を認識できません。満開ではありませんが、渕名神社の河津桜、どうぞご覧ください。(2020/2/23 記) 追記:樹木林調査観察会のレポートは後日改めて掲載します。 |
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河津桜と鳥居 2020/2/23 |
河津桜と鳥居 2020/2/23 |
渕名神社境内と河津桜 2020/2/23 渕名神社境内南東境界に沿って咲く8本の河津桜 2020/2/23 |
ぐんま緑の県民基金(伊勢崎地区)の令和元年度事業として、三室神社・西野神社・渕名神社の3社の寺社林調査を実施。その調査報告を兼ねて、渕名神社の寺社林について下記要領で観察会が実施されました。 ■開催日:2020年2月23日(日) 午前10時~ ■会場:渕名神社(境上渕名993番地) ■主催:NPO法人 伊勢崎佐波緑化協会 ■参加:自由 ■参加費:無料 ■講師 樹木医 田中洋助 先生 ■問い合わせ:0270-25-9339 参加者は田中洋助先生を含めて18名。この日の伊勢崎市の最高気温は12.9度、最高風速は午前11時に10.9m/s。 2020年の伊勢崎市の冬は暖冬でした。そのせいか境内南東の敷地境界に沿って河津桜が咲き始め(→こちら)、観察会に華を添えてくれました。渕名神社の寺社林の樹種はスギとヒサカキが多いのは他社同様でしたが、イチョウが多いことが特徴的です。渕名神社にはイチョウ伝説もあり(→こちら)、今もなおイチョウが多数植えられていることは氏子さんたちの計らいでしょうか。 強風が吹く寒い日でしたが、防寒着を着込んでシッカリ観察して参りました。以下調査観察結果です。(2020/3/4 記) |
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渕名神社での観察風景 2020/2/23 |
樹木医 田中洋助 先生 2020/2/23 |
渕名神社 寺社林観察会風景渕名神社での観察風景(拝殿前で) 2020/2/23 渕名神社での観察風景(社殿の東側で) 2020/2/23 渕名神社での観察風景(参道入り口付近で) 2020/2/23 |
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①イチョウ(胸高周=243cm) 2020/2/23 ⑤イチョウ(胸高周=237cm) 2020/2/23 ⑦エノキ(胸高周=142cm) 2020/2/23 |
④イチョウ(胸高周=245cm) 2020/2/23 ⑥ネムノキ(胸高周=110cm) 2020/2/23 ⑧クヌギ(胸高周=125cm) 2020/2/23 |
渕名神社 寺社林(拝殿前)・イチョウ。社殿の裏にはスギなど。 2020/2/23 渕名神社 寺社林(社殿の東側)・イチョウ社殿の裏にはスギなど。 2020/2/23 |
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渕名神社 寺社林(社殿の東側) 2020/2/23 |
渕名神社 寺社林(社殿の東側) 2020/2/23 |
手製高さ測定器で樹高を測定この日の参加者の一人である下城さんお手製の高さ測定器を使用して、境内の樹木の高さを測定しました。 |
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手製高さ測定器 2020/2/23 |
手製高さ測定器でイチョウの樹高を測定 2020/2/23 |
大きな樹木
樹木の位置図 ほかの樹木
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