国指定史跡・女堀 [ 公園遺産遺跡と古墳 ] [ Home ]

古地図や航空写真で探す

国指定史跡・女堀


別ページ内→赤堀花しょうぶ園東大室地区前工団地区飯土井地区二之宮地区(1)二之宮地区(2)富田地区
当ページ→県道深津伊勢崎線の東西女堀(桂川)
別ページ→平成25年度 史跡女堀シンポジウム・中世の巨大用水路『女堀』の謎に迫る!赤堀地区・分水構造はあったのか?



掲載日:2014/8/22
 総延長約13km、12世紀中頃に開削され、高低差が少ないなどの理由でかつて一度も通水されたことがなかったと言われる農業用水・女堀。昭和58年に国指定史跡に指定され、現在、伊勢崎市と前橋市の何ヶ所かで保全されていますが、明治時代初期に作成された迅速地図や昭和49年撮影の航空写真に、その痕跡を確認することができます。

迅速地図(明治時代初期に作成された地図)(注記追加版)。→大きいサイズ(2208×777pix)はこちら


女堀周辺の昭和49年撮影の航空写真(注記追加版)。→大きいサイズ(3980×1160pix)はこちら


女堀周辺の昭和49年撮影の航空写真(上の写真から部分切り抜き)


県道深津伊勢崎線の東西

掲載日:2014/8/22 ▲ページTopへ
 先日8月18日、国指定史跡・女堀の内、現在、河川(桂川)として利用されている区間を紹介したところ、当サイト掲示板常連さんの”春松”さんから早速にコメントをいただき、私が「もっと古い(昭和49年以前の)航空写真が欲しい」とコメントすると、何と、親切にも昭和36年撮影の航空写真を探してくれました。
 それは国土地理院の公式サイトで、早速に確認すると、今まで明確に特定できなかった県道深津伊勢崎線の東西区間が写っています。
 サイトのガイドを読むと、解像度が低い画像ならば無償でダウンロードでき、使用目的等、簡単なアンケートに答えて送信後、3779×4094pixサイズの航空写真をダウンロードできました。
 解像度が低いと言っても、3779×4094pixはパソコン画面に対しては十分過ぎる大きさなので、これを元に該当区間を切り抜き、コメントなどを追記し、現在の航空写真(平成26年3月グーグル撮影)に重ねてみました。以下にそれらの画像を紹介します。(2014/8/22 記)

(1)昭和36年7月・国土地理院撮影の航空写真


昭和36年7月・国土地理院撮影の航空写真(3779×4094pix)から該当区間を切り抜き、コメンを追記した画像。


(2)平成26年3月・グーグル撮影の航空写真


現在の航空写真(平成26年3月・グーグル撮影)にコメントを追記した画像。

グーグル撮影時期を平成26年3月としたのは、県道深津伊勢崎線の花しょうぶ園入口交差点の南西角地で
建設が進んでいた、セブンイレブンの建設状況などから推定しました。


(3)=(1)+(2):(1)の女堀位置を(2)に重ねたもの


昭和36年7月撮影の航空写真で確認できる女堀を、平成26年3月・グーグル撮影の航空写真に重ねたもの。
 IT技術の進歩と、国や自治体各機関の情報公開のお陰で、机上にいながらにして、郷土の歴史を調べられる時代になりました。当サイトの記事も、日々それらの恩恵を受けながら執筆していますが、誠にありがたいことです。一昔前ならば、図書館や関係機関に出向いて、本や文書を探し出し、コピーサービスでアナログコピーし、定規などを利用して複数の絵図の重ね合わせ作業を行うしか方法がありませんでしたが、インターネット・ダウンロードサービスや画像処理ソフト(Photoshop)などを利用して、容易にこれらの作業を実現できます。女堀の謎解き、まだまだ続きそうです。(2014/8/22 記)


女堀(粕川合流部以西の桂川・約700m)




掲載日:2014/8/18 ▲ページTopへ
 国指定史跡・女堀について、昨年(2013年)末から今年の年頭にかけて、前橋市の保全区域全6ヶ所と伊勢崎市の一ヶ所(赤堀花しょうぶ園)を紹介し、掲載が一段落していましたが、その後、保全と言うより、現在は河川として利用されている区間を歩いてみました。その河川は”桂川”。

 桂川の源流を辿ったことはありませんが、私が知る範囲では、赤城山から流れ出て、銘酒”桂川”の酒造「柳沢酒造」(前橋市粕川町)の西側を流れ、大室公園(前橋市西大室町)の東側から多田山の西側、そして国道50号北側の集落(→川のある風景・桂川)(前橋市東大室町)を経てこの地(伊勢崎市下触町)に至り、粕川(伊勢崎市堀下町、五目牛町)へ合流します。

 途中(伊勢崎市下触町)で分流して赤城見台公園蟹沼の西側を流れ、華蔵寺公園の北東地点(伊勢崎市波志江町)で粕川へ合流するのは”西桂川”です。

 この桂川が女堀を利用した区間は、粕川合流地点(伊勢崎市堀下町、五目牛町)から西方約700m(Goo地図計測)。
 女堀の工事が行われた年代は諸説あって、概して12世紀後半から13世紀前半と言われています。明治初期の迅速地図を確認しても、今から800年前の当時、桂川がどこを流れていたのか確認できませんが、少なくとも同地図において、女堀の土塁の痕跡を確認することができ、それは現在の桂川の位置と一致しています。

 ここが女堀であると知ったのは一昨年のことですが、桂川の北沿いの道路は、交通量がほとんどなく、川の流れを見ながらのんびりとペダルを踏めるので、女堀と知る前から赤堀方面へのサイクリング時に良く利用していました。今では住宅が密集して建ち、その数は更に増えつつあり、広範囲な住宅地になりつつありますが、つい十数年前までは桂川の南側に沿って昔からの農家が数軒並ぶ程度でした。静かに流れる桂川の川面を眺めながら、地域の変遷を見守ることもまた楽しいことです。(2014/8/18 記)

桂川との結合部

 現在の桂川が伊勢崎市下触町でほぼ直角に曲がる地点が、女堀と桂川との結合部(*)です。
(*)女堀は事業未完に終わり、一度も通水したことがなかったとのことなので、「合流部」と呼ばずに「結合部」と称しました。

桂川との結合部を北西側から
2014/3/8

桂川との結合部から西方
2014/3/8


桂川との結合部から北方を眺めれば、赤城山が横たわっています。
2014/3/8

掲載日:2014/8/18 ▲ページTopへ

桂川・結合部と粕川合流部との中間

中間部はほぼ一直線の流れで、南側(右岸側)には土塁がまだ残されていて、木が茂っています。

桂川(女堀)。左岸道路から。木が茂る右岸。
2014/3/8

右岸側に残される土塁
2014/3/8

桂川(女堀)。左岸道路から。
2014/3/8


右岸側に残される土塁
2014/3/8

掲載日:2014/8/18 ▲ページTopへ

粕川との合流部付近

途中の河川の渡河方法

(途中河川:荒砥川、神沢川、粕川、早川など)
●女堀は途中で分水せずに終末まで通水する構造(推論)。
●横断する河川に石堰などを造り、横断させた。
●谷戸田(やとだ)からの流入は堤防で遮断。
●波志江沼(上沼)の北側では谷地の筋方向と女堀が鋭角で交差しているので、この位置では波志江沼へも分水していたのではないか?

合流地点直前に架かる人道橋から上流を眺める。
2014/3/8

合流地点直前に架かる人道橋から下流を眺める。
2014/3/8





Site view counter since 2006/9/17

▲ページTopへ