Go!伊勢崎 大室公園(大室古墳群と五料沼) [ 公園川と沼 ]  [ Home ]


園全体大室古墳群(前二子、中二子、後二子、小二子)小高い山古民家(前橋市重要文化財指定)宿り木



更新:2015/2/11

北側入り口近くの埴輪を模った噴水
2006/10/9


公園の中心には五料沼、北方には赤城山 2006/10/9
大室公園は・・・・・

●とにかく広々としている
 園内には舗装された遊歩道が整備されています。サイクリングで移動するのも楽しいと思います。

●広い芝生広場があちこちに
 数年前は、二子山古墳と沼があるだけの場所で、公園と言うより、遺跡と灌漑用の沼地の風情でした。ところが東側の小高い山の斜面や南東部の畑地を芝生広場に整備し、また古墳の整形や散策道、噴水、トイレ、その他の施設を整備し、見違えるように素晴らしく変貌してしまいました。

●大きな沼・五料沼が真ん中に
 整備前は沼を一周する遊歩道はなく、北西から西側経由で南東に向かう沼沿いにかろうじて散策道があるだけでした。沼の淵は藪や雑木が覆い、ちょっと物騒な感じさえしましたが、今では沼を一周する明るくて広い遊歩道が整備されています。

●大きな古墳が3つと小さな古墳が1つ(二子山古墳群
 まだ、ここまで整備される前(15年くらい前?)、古墳があるだけの頃に家族で何回か訪れた事があります。古墳は雑木や藪が鬱蒼としていて、古墳の周囲には湿地帯のような堀(環濠)があり、他の訪問者に出会った事は一度もありません。雑草を掻き分けて古墳の山に登り、子供たちとちょっと冒険気分を楽しんだりしました。今ではきれいに伐採され、古墳の形も整形され、伸び伸びとした公園に変貌しています。
 ここにある3つの大きな古墳(前二子古墳・中二子古墳・後二子古墳)と1つの小さな古墳(小二子古墳)は前方後円墳で、国指定史跡になっています。

小高い山があって変化に富む
 公園の北西ヶ所に公園内で一番高い山があります。どこからも登れて、四季折々、ちょっとした山登り気分を味わえます。ただ、こちらへ足を伸ばす人は天気の良い休日でもあまりいなくて、女性や子供の単独での散策は怖い雰囲気があります。山の中の窪地には水琴窟が造られています。

古民家(前橋市重要文化財指定)が隣接
 休日にはこの区域の住民の方々が交代で受付をしていて、案内をしたり、お喋りに付き合ってくれます。手持ちの漬物やお茶をいただける時などもあります。皆さまもお邪魔すれば、古民家の時代にタイムスリップしゆったりとした時間を過ごせるかも知れません。ちょっとしたお茶菓子等を手土産に持参しても楽しいと思います。

(2006/10 記) →上の地図を拡大

大室公園の地図

園全体

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広々とした園内(北入り口近くから東側) 2006/10/9

公園南東部の遊び場 2006/10/9


北東の斜面と竹林 2006/10/9



散策道と松並木 2006/10/9

五料沼北西部・カモが泳いでいる 2006/10/9



広々とした芝生広場 2006/10/9


木々に囲まれた涼しそうな風景 2006/10/9


公園北西部の山頂から。季節によってはこの場所から水が流れ出ます。2015/1/5

大室古墳群(前二子、中二子、後二子、小二子)

前二子中二子後二子小二子
掲載日:2015/1/22 ▲ページTopへ
 大室公園の古墳群は、群馬県内有数の規模です。中でも前二子、中二子、後二子の3つの古墳は墳丘長が100m規模と大きく、いずれも、昭和2年(1927年)4月8日に国指定史跡となっています。
 現在は古墳公園として整備され、他の円墳と共に自由に見学することができます。
 前二子と後二子は横穴式石室も残されて、見学することができます。入り口に立つと自動的に石室内の照明が点くように工夫されていて、石室内の様子も見学できます。
 前二子と中二子の2つの古墳は高さも14m〜15mあり、4,5階建ての建物に相当し、墳頂に登れば見晴らしも良く軽い運動にもなります。(2015/1/22 記)

Google航空写真

大室古墳群


県内有数の古墳群

梅木遺跡


多田山丘陵、のちにできた五料沼、石の山

前二子古墳

掲載日:2015/1/16 ▲ページTopへ


後円部の下に造られた横穴式石室の入り口 2015/1/5
下記に現地の説明板の内容を転記しました。

前二子古墳

 昭和2年(1927年)4月8日指定(国指定史跡)
 大室古墳群で最初に造られた前方後円墳です。この古墳からは、円筒埴輪の他に人物・馬・家・太刀・靫(ゆき)・蓋(きぬがさ)などの埴輪が出土しています。特徴的な細長い石室から、武具・馬具・装身具・鏡・土器などたくさんの副葬品が発見されました。関東地方で最も古い時期の横穴式石室を持つ6世紀初めの古墳です。

現地説明板(不鮮明部分を加筆)。2015/1/5

後円部高=13.6m、墳丘長=93.7m

Google航空写真

前方部(西側)から後円部を見る 2015/1/5


横穴式石室の奥 2015/1/5

後円部(東側)から前方部を見る 2015/1/5


横穴式石室 2015/1/5


大室古墳群の一番南側にある前二子古墳(墳丘長=93.7m)。
墳丘に登ることができます。2006/10/9

中二子古墳

掲載日:2015/1/22 ▲ページTopへ


中二子古墳の南側の二重の堀の間に並べられた埴輪 2015/1/5
下記に現地の説明板の内容を転記しました。

中二子古墳

昭和2年(1927年)4月8日指定(国指定史跡)
 大室古墳群の中で最大の前方後円墳です。周りには二重の堀をめぐらしています。墳丘や中堤上には密接して並べられた埴輪列が確認されています。埋葬施設としては後円部に横穴式石室が営まれていたと推定されています。この古墳が造られたのは6世紀前半とみられます。

現地説明板 後円部高=14.8m、墳丘長=111m

Google航空写真

前方部(西側)から後円部を見る 2015/1/5


中二子古墳北側の内堀

中二子古墳北側。左:外堀、右:内堀

後円部(東側)から前方部を見る 2015/1/5


中二子古墳南側の内堀

中二子古墳南側。左:内堀、右:外堀


大室古墳群の最大規模の中二子古墳(墳丘長=111m)。2015/1/5

園内の中央付近にある中二子古墳(全長=111m)。
2006/10/9

中二子古墳の南側には、遊歩道脇に
円筒埴輪が柵代わりに並べられています
2006/10/9
 古墳の周囲には大木が茂っていますが、このように整備される前は、更に樹木や雑草に覆われた鬱蒼とした雰囲気で、古墳の周囲の壕には南西側から東側、北側にかけて水が溜まっていました。古墳散策が好きな私は、その頃にも子供たちを連れてたまには訪れていましたが、その当時の未整備な状態もそれはそれでちょっと探究心を刺激する楽しさがありました。

後二子古墳




掲載日:2015/2/1 ▲ページTopへ
 前二子、中二子、後二子と、3つの前方後円墳がやや平行に並ぶ大室古墳群。その中で最も北側にあるのが後二子古墳です。墳丘長=85m、後円部高=11mで、3つの古墳の中で最も小規模です。他の古墳同様、墳丘の上を歩くことができますが、斜面には中二子古墳同様、樹木が茂っています。横穴式石室に入ることができ、前二子古墳同様、入り口に立つと、自動的に照明が点灯します。(2015/2/1 記)


後二子古墳の横穴式石室。石室全長8.95m。2015/1/5

後二子古墳

 以下、Wikipediaを参照。
 前方後円墳で墳丘は2段構築。墳丘の一部は地山を削り出して造成され、半地下式の石室を持つ。葺石は施されていない。墳丘の周囲は盾型の堀が巡らされ、堀を入れた長さは106メートル。
 後二子古墳は1段目を大きく造り、その上に小さな2段目が載る構造をしている。このような構造は主に6世紀の栃木県の古墳に見られ、「下野型古墳」等と呼ばれている。

全長85m、後円部径48m、高さ11m、前方部幅60m

前方部(西側)から後円部を見る 2015/1/5


後二子古墳の横穴式石室の入り口 2015/1/5

後円部(東側)から前方部を見る 2015/1/5


後二子古墳の横穴式石室の内部 2015/1/5


後二子全景(北西側から)。冬の西日が落とす長い木陰。 2015/1/5

小二子古墳

更新日:2015/2/11 ▲ページTopへ
形式、規模:墳丘長38メートルの前方後円墳。後円部径30m、高さ5m、前方部幅18m
築造年代:6世紀後半
埋葬施設:横穴式石室
出土品:円筒埴輪、形象埴輪、須恵器、土師器、武器、装身具
1927年4月8日、「後二子古墳ならびに小古墳」として国指定史跡

子二子古墳(東側から) 2015/1/5

子二子古墳(西側から) 2015/1/5


園内で一番小さな小二子古墳(全長=38m)
復元した埴輪がたくさん並べられています。
2006/10/9

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公園北西側の山・水琴窟(すいきんくつ)


山の頂上の裏側。このスポットへ来る人は少ない。
真ん中に水琴窟が作られています。
2006/10/9

水琴窟
2006/10/9

民家園・赤城型民家(上州養蚕農家)

更新日:2013/1/31 ▲ページTopへ

前橋市重要文化財指定の古民家(旧・関根家住宅)

 大室公園の南西角地にある民家園には、前橋市飯土井町にあった養蚕農家が移築復元されています。構造は木造茅葺2階建てで、江戸時代末期の建築と推定され、1985年(昭和60年)3月27日、前橋市重要文化財に指定されています。
 この形式の特徴は、屋根前面中央部に切り込みを施し、屋根裏の二階で行われる養蚕に必要な採光と通風を考慮したもので、赤城山の南麓に多く見られることから「赤城型民家」と呼ばれているとのことです。
 大室公園には幾度となく訪れていながら民家園には毎回お邪魔する訳でもないのですが、現在、伊勢崎市と周辺に残されている近代養蚕農家に関心を持ち、見かけるたびに写真を撮らせていただいているので、その一環で改めてお邪魔した次第です。赤城型養蚕農家は屋根の上に櫓(やぐら)が付いた近代養蚕農家より歴史的には古いようで、養蚕の産業歴史的にも非常に貴重なようです。
 私の実家は農家で、50年ほど前の子供の頃を思い出すに、萱葺でも2階建てでもありませんでしたが、間取りは旧関根家と良く似ていて、また母の実家は藁葺二階建てで、ほぼ関根家と同じ間取りでした。いずれも既に残っていませんが、子供の頃の周辺の農家は同じような構造と間取りが多かったように記憶しています。家の中で煮炊きを行うので、柱や天井はススで黒褐色に変色し、今風に言うならダークオーク色の塗装を塗ったようでした。アガリハナやザシキ、コザ、ダイドコも懐かしい呼称で、養蚕時期にはザシキは蚕に明け渡して、私ら家族はコザやナンドで過ごし、夜は蚕が桑を食(は)む音や蠢(うごめ)く微かな音を聞きながら寝入ったものです。(2013/1/31 記)


赤城型民家(上州養蚕農家)・旧関根家住宅 2013/1/20

左奥の部屋:ナンド、手前の部屋:ウラザシキ
2013/1/20


入り口脇に立つ案内板 2013/1/20



間取り図 2013/1/20

左奥の部屋:コザ、手前の部屋:オモテザシキ
2013/1/20


ニケエ(二階) 2013/1/20


石の標識柱に刻まれた「旧関根家住宅」
2013/1/20

旧関根家住宅・母屋 2006/10/9



旧関根家住宅・納屋 2006/10/9

旧関根家住宅入口と母屋 2006/10/9



2006/10/9

宿り木(ヤドリギ)




掲載日:2015/1/11 ▲ページTopへ
 2年前に→「伊勢崎市と周辺の冬の樹木や木の実」(→こちらのページ)で紹介した大室公園の宿り木。
 見た目が地味で、意識しなければ普通の常緑樹にしか見えませんが、紹介した時に宿り木について調べ、ゴブリンや魔除け、ドルイド教、オーク、儀式など、まるでロード・オブ・ザ・リングやハリーポッターの映画を見たような感情を覚え、この植物に寄せる西洋人の想いを知り、深い関心が湧きました。以来、地味な寄生植物がちょっと謎めいた不思議な存在、魅力さえ感じる存在になりました。山中ではたまに見かける宿り木、里での生育限界はよく分かりませんが、前橋、伊勢崎辺りではこれだけまとまった宿り木は他に知りません。今年は、五料沼の南の端に立つ木にたくさんの宿り木が見られました。ある日突然に消えてしまうかも知れない宿り木、春の新緑が芽吹くまでは遠目にも一目で分かります。防寒着に身を包んで出かけてみてはいかがでしょうか。(2015/1/11 記)
 以前調べた記事をこちらにも掲載しておきます。
 西洋ではクリスマス関連の植物として樅の木(クリスマスツリ)や柊(リース)と共にヤドリギが使われる。家の玄関にヤドリギを吊るし、その下を通ると魔除けや招福となる。ヤドリギの黄色い実を、下を通る際にもぎ取って行く人もいる。またクリスマスにヤドリギの吊し飾りの下に立っている女性は、男性から声をかけられた場合にキスを拒めない。
 ヤドリギの神秘性に最も影響を与えたのは北欧神話である。ヤドリギは北欧神話の中で、結末の方向性を決定づける重要な役割を演じている。ヤドリギは、クリスマスの他にも雷除けのまじないや、ゴブリン(悪い妖精・精霊)から子供を守る魔除けとして、民間信仰の対象にもなった。イギリスではケルト人が信仰するドルイド教が、ヤドリギが寄生したオークの木の下で儀式を行っていた。ただしヤドリギが全ての実を落としてしまうと、霊力を失うと考えられていた。
 このように昔からヨーロッパ人の生活の中に根をおろしたヤドリギは、工芸の分野でもさまざまなデザインで登場し、とりわけヤドリギの「半寄生生活」に儚さ虚しさを見いだしたアール・ヌーヴォー期のアーティスト達は、このモチーフを喜んで使用した。ヤドリギの花言葉は「忍耐・克服・征服」。


五料沼の南端でボンボリのようにぶら下がる宿り木。後方には赤城山。2015/1/5

葉の形状はオリーブ似ています 2015/1/5

後二子山古墳の前 2015/1/5


密生する宿り木 2015/1/5
 宿主の葉っぱが全て落ちる中、丸く巨大マリモのようなヤドリギの緑の塊がフンワリと浮くように宿主にくっ付き、その所在を主張します。

この木を含む数本の木にヤドリギが生えていました。
(五料沼の北西の岸辺で)
2013/1/20

ヤドリギが生えた木の内、一番太かった木。
後ろは五料沼 2013/1/20
■以下はWikipediaの記事の一部引用です■
 ヤドリギ:ヨーロッパおよび西部・南部アジア原産。半寄生の灌木で、他の樹木の枝の上に生育する。30〜100cmほどの長さの叉状に分枝した枝を持つ。黄色みを帯びた緑色の葉は1組ずつ対をなし、革のような質感で、長さ2〜8センチメートル、幅0.8〜2.5cmほどの大きさのものが全体にわたってついている。花はあまり目立たない黄緑色で、直径2〜3cm程度である。果実は白または黄色の液果であり、数個の種子が非常に粘着質なにかわ状の繊維に包まれている。全体としては、半ば宿主の枝から垂れ下がって、団塊状の株を形成する。宿主が落葉すると、この形が遠くからでも見て取れるようになる。


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