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 過日、伊勢崎市立北小学校の「創立130周年記念誌(平成15年発行)」を同校の卒業生であるOさんからお借りする機会を得ました。

 同誌によれば北小は明治6年に「赤石学校」と称して創立され、現在も街の中心地の静かな住宅地の中で、市内で最も伝統ある小学校として歴史を刻み続けています。130年誌発行から5年が経過しますので、現在では創立135年になります。歴代の校長先生の写真を見ましたら、私が卒業した中学校の校長先生でもあったK先生がいて、いつも朝礼で穏かに話をする姿をなつかしく思い出しました。
 昨年の平成19年には現在の校舎の老朽化と耐震性能の危険性等から新しい校舎に改築する工事が始まり、校舎と一体化した東隣には地域交流センターも「赤石」の名を継承して「赤石楽舎」と名付けられ、現在工事が進んでいます。

 このページでは、130年誌の冒頭に掲載されている赤石学校から北小までの歴史ある写真の内、何枚かを紹介します。(2008/1/22 記)

創立130周年記念誌・表紙
平成15年 伊勢崎市立北小学校

北小・校舎の移り変わりと思い出の場面


本光寺 赤石学校開校
(明治6年6月9日)

明治6年10月から11年11月頃まで
校舎として使用されていた学習堂
 江戸時代の中期〜後期には、日本全国に教育の場として「寺子屋」ができ、「読み書きそろばん」を始め、様々な実用学を教えたようですが、赤石学校がお寺さんの「本光寺」を仮校舎として開校したのも、そんな歴史の延長があったのでしょうか。

 ところで、この本光寺は伊勢崎神社の南側にある本光寺(呑竜さま)のことでしょうか?とすると、本堂の写真が現在の姿にとても良く似ているのですが、この当時の本堂が現存しているのでしょうか。

洋風の堂々たる赤石学校落成
(明治15年8月)

秋の大運動会にて 5・6年の体操
(大正2年11月8日)

女子学級の授業風景
(大正2年11月8日)
カイザー髭の先生と着物を着た生徒達と、映画のシーンのようです

修学旅行 江の島にて (大正11年)
「伊勢崎尋常高等小学校」の時代


この当時から修学旅行は江の島・鎌倉だったのですね

大正12年頃の校舎
風格ある洋館です。今も残っていればきっと貴重な遺産に。

修学旅行・鎌倉にて(昭和3年6月1日)

私もこの場所で撮った記念写真を持っています。
昭和3年にはまだ産まれていませんが。

昭和5年3月の朝礼
たくさんの児童がいます。「伊勢崎尋常小学校」の時代

昭和20年8月14日夜の戦災により全焼した校舎
「伊勢崎市北国民学校」の時代

昭和35年4月11日の火災により焼失した校舎

 この日、遠く波志江の地からも煙が見え、近所のガキ連中と一緒に自転車で駆けつけた記憶があります。
 当時、小学校の2階建て校舎と言えば、子供心には巨大な建物。その建物が目の前で燃え落ちる光景は非常にショックでした。

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市内の小学校は、どこも行き先は同じだったようです。

3年生の遠足・高崎観音山にて(昭和53年11月)

県内でも有数のマンモス小学校だった北小ですが
この頃は随分と少なくなりました。

6年の修学旅行(平成15年6月)

6年の修学旅行(平成15年6月)

昭和48年10月11日(人文字の児童数1624名)

平成15年2月12日(人文字の児童数305名)

歴代の校長

130年誌「目次」

北小アーカイブ

おわり





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