2013年11月30日の午後、秩父温泉”満願の湯”に行って来ました。10年ほど前、秩父の低山歩きを楽しんでいた頃、行き帰りのどこかで何回も見かけた”満願の湯”の看板。いつも日帰り登山で、「どんな風呂なんだろう」と気になりながらも、立ち寄ることなく過ぎてしまい、記憶もおぼろ。そんな10年越しの温泉行脚です。 ・・・と、実はこのページは”満願の湯”の紹介ではなく、温泉へ向かう道中で立ち寄った神流川水辺公園の紹介。しかも寄るべくして寄った公園ではなく、温泉へ向かう途中、ちょっとコンビニに寄り、周囲を見渡してみると余りにも素晴らしい黄葉。広いコンビニの駐車場を一回りすると、眼下の神流川へ降りる道が見つかり、早速に散策開始。どうやら正規の入口ではなかったようで、埼玉県本庄県土整備事務所の”ゴミ捨て禁止、ゴミは持ち帰りましょう”などと書かれた大きな看板が出迎えてくれたものの、何の施設か皆目分かりません。 施設名は分からずとも、目に飛び込んでくる風景は、錦秋とはこんな風景なのだろうと思わせる絵に描いたような素晴らしい景色。どうやら公園のようで、神流川の右岸河川敷に細長く整備され、芝生スペースや遊歩道、小川、池などが配され、下流側には複合遊具などを備えた遊園地もあります。 多分、こちらが正規入口と思われる場所に出てみると、”渡戸の渡し”と描かれた大きな石造りの案内板があり、駐車場やトイレが整備されています。 相変わらず名前が分からないまま、園内をゆっくり、のんびりと一回りし、神流川の清流や周辺の低山と一体化し、しかもまさに見ごろの黄葉・紅葉で輝く風景を楽しみました。 帰宅後、地図と”渡戸の渡し”を頼りにネットで検索し、ここが神流川水辺公園であることが分かった次第です。たまたま寄ったコンビニで見つけた黄葉風景。”満願の湯”行脚がもたらした大きなプレゼントでした。 |
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”渡戸の渡し”の説明板によれば、この場所が明治時代から昭和にかけて、秩父や群馬県藤岡、また群馬・長野県境の内山峠などを繋ぐ交通の要衝だったとのことで、周辺に残される旧道の歴史や記憶探しもまた楽しいことでしょう。また上流には渡戸橋が架かっています。竣功は昭和11年(1936年)とのこと。形式は開腹コンクリートアーチ橋。残念ながら公園の風景や黄葉に見とれてしまい、ウッカリして橋の写真を撮り忘れてしまいました。これらを含めてまたいつかの機会に訪れてみましょう。(2013/12/3 記) |
地図 神流川水辺公園の地図 |
錦秋 |
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コンビニの駐車場の隅から坂道を降りて、最初に目に飛び込んで来たのがこの風景。 黄葉する山肌、神流川の清流。絵葉書のような風景です。2013/11/30 園内を流れる小川、紅葉する木々。 2013/11/30 |
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枯れ葉が優しい園内の風景 2013/11/30 池で泳ぐ鯉 2013/11/30 |
園内の小川のメタセコイヤの黄葉 2013/11/30 |
”渡戸の渡し”の石碑から眺める風景 2013/11/30 |
メタセコイヤの輝き枯れ葉に覆われた芝生。黄葉するメタセコイヤ。後ろの山並み。静謐な風景です。 2013/11/30 雲ひとつない真っ青な空、輝くメタセコイヤ 2013/11/30 神流川の流れと輝くように黄葉するメタセコイヤ 2013/11/30 |
水辺公園付近の黄葉 |
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周辺の山や川の木々も黄葉し、絵画の中にいるような気分でした。 | |
公園東側の道路脇の樹木 2013/11/30 公園の北側から眺める神流川の流れ 2013/11/30 |
公園東側の山の斜面。ちょっと足を運べば 尾根まで辿り着きそう。 2013/11/30 公園対岸(神流川左岸)の山の斜面の黄葉 2013/11/30 |
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水辺公園入口に、石材を使用した「渡戸の渡し」の案内板が設置されています。その説明文には、その昔、この場所を中心として各方向へ伸びる道路のことが記述されていて、特に、明治時代に秩父の繭(まゆ)を群馬県富岡市の富岡製糸場に運ぶのに使われたとの記述が、埼玉と群馬両県の繋がりが見えて興味深いです。 下記、説明板の一部抜粋です。
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「渡戸の渡し」の案内板 |
「渡戸の渡し」の説明文 |