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城趾事項
分 類 |
58−館城 |
所在他 |
伊勢崎市茂呂町一丁目 |
別 称 |
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創建者 |
那波氏 |
形 式 |
平城 |
遺 構 |
堀跡は痕跡有り |
規 模 |
250m×530m |
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築城年代 |
中世 |
戦国時代 |
永禄年間(1560年頃) 天正18年(1590)廃城 |
注 記 |
茂呂城の中心は退魔寺である。茂呂城を示す明確な遺構は残っていない。山崎一氏の作成した「茂呂城要図」を見ながら調べると、堀跡が分かる。 |
関係リンク | 今村城 |
書誌事項
分類番号 |
書 名 |
バーコード |
所 在 場 所 |
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K526グ |
群馬県古城塁祉の研究(上巻)196頁 城図437頁 |
101810211 |
調査 |
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526ニ |
日本城郭体系4 茨城・栃木・群馬 408〜410頁 |
101008349 |
書庫 |
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K224イ |
伊勢崎市史 通史編1原始古代中世839〜843 |
101801549 |
一般・調査・書庫 |
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上毛古戦記 89頁 |
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書誌注記 |
@茂呂城の城郭としての説明は該当頁であるが、戦国時代の歴史の中の茂呂城については『伊勢崎市史』の「第三章 中世社会の伊勢崎」「戦国時代と伊勢崎」を参照のこと。
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