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世界遺産・富岡製糸場(群馬県富岡市)

富岡製糸場と絹産業遺産群・Index

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診療所正門脇に立つ真っ赤な丸い郵便ポスト



おめでとう 富岡製糸場と絹産業遺産群 世界遺産登録決定!

更新日:2015/1/23
 2014年6月15日からカタールのドーハで開催されている第38回世界遺産委員会において、6月21日、日本時間の午後4時55分、「富岡製糸場と絹産業遺産群」がめでたく世界遺産に登録決定されました。
 ユネスコ本部が会議の様子を順次ウェブサイトにアップロードしていて、富岡製糸場が含まれるシーンは、PLENARY9(会議9)として、本日21日の夕方にアップロードされました。
 http://new.livestream.com/accounts/2255445/events/3100333/
  始めにイコモスのプリゼンテーションが行われ、登録を支持する委員各国のメッセージ、その後でチェアパースンが木槌を叩いて決定を下すシーン、その後の日本の担当者と大沢知事の歓びのスピーチなどを見ることができます。
 以下は、関連シーンを切り取って掲載したものです。なお、ライブ映像における重要なシーンの時刻は下記の通りです。
(2014/6/21 記)
(1)イコモスのプリゼンテーション・・・1時間34分50秒~1時間44分40秒
(2)登録を支持する各国のメッセージ((1)と(3)の間)
(3)チェアパーソンが木槌を叩いて決定する瞬間・・・・・・2時間00分40秒
(4)歓びを表す日本関係者・・・(3)以降

38th Session of the World Heritage Committee

掲載日:2014/6/21 ▲ページTopへ

ICOMOSの
プリゼンテーション

 ICOMOSのプリゼンテーションは約10分間行われました。富岡製糸場と他の3つの絹産業遺産について、壇上の大きなパネルに写真を示しながら、登録に相応しい旨を説明しました。

ICOMOSのプリゼンテーション

富岡製糸場


田島弥平旧宅、2階蚕室


高山社屋内

田島弥平旧宅


高山社俯瞰図


荒船風穴

日本団の補足プリゼンテーション

掲載日:2014/6/21 ▲ページTopへ

委員各国の賛同メッセージ

 委員各国が富岡製糸場を世界遺産に登録するに相応しい理由を発表しました。各国が”congratulate(お祝いする)”や”welcome(歓迎する)”、また”fully support(完全に支持する)”や”recommend(推薦する)”、あるいは”wonderful example of silk industry(絹産業の素晴らしい例)”などと、絶賛を寄せました。

※各国の画像下の国名は、動画から切り取った画像に付記したもので、オリジナル画像には入っていません。
VietnamとPolandは画像を切り抜けませんでした。

India(インド)


Kazakhstan(カザクフスタン)


Germany(ドイツ)


Malaysia(マレイシア)


Peru(ペルー)


Serbia(セルビア)

Finland(フィンランド)


Turkey(トルコ)


Algeria(アルジェリア)


Senegal(セネガル)


Portugal(ポルトガル)

Columbia(コロンビア)


Philipine(フィリピン)


Lebanon(レバノン)


Jamaika(ジャマイカ)


Croatia(クロアチア)



掲載日:2014/6/21 ▲ページTopへ

議長が登録決定を下した瞬間

 Chair person(チェアパースン、議長)の H.E. Mrs Sheikha Al Mayassa Bint Hamad Bin Khalifa Al Thani (Qatar)さんが、”Congratulation Japan!”と言いながら、木槌を振り下ろしました。この瞬間に「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録決定です。

Congratulation Japan!

掲載日:2014/6/21 ▲ページTopへ

日本の歓びのスピーチ

 登録決定後、スピーチを促された日本の担当者と大沢知事が歓びのスピーチを伝えました。

・富岡製糸場と絹産業遺産群

世界遺産に登録の見通し

更新日:2014/4/29 ▲ページTopへ
 4月26日、「富岡製糸場と絹産業遺産群」について、イコモスが「世界遺産に登録することがふさわしい」との勧告をまとめて以来、テレビのニュース番組では、全国版や群馬版、またNHKと民放とに関わらず、連日のように富岡製糸場が取り上げられています。報道によれば、正門前には開場前から長蛇の列ができ、周辺の道路渋滞や駐車場不足が早くも問題になり、受け入れ側の富岡市に対して、緊急対策が問われています。
 昨日は富岡市長がNHKのインタビューに答えて、交通指導員の増強や民間駐車場の確保、また、現在未公開の場内施設等についても、保全ルールを守りながらも順次公開して行くことなどを約束し、場内の混雑対策として、ボランティアガイドの説明サイクルを30分から15分に短縮する等の方向を示していました。

 富岡製糸場の取材や街中散策の体験からすると、早急に製糸場付近に大型駐車場を増やすことは厳しく、また周辺の路地を、車交通に適した幅員に拡幅改良することは、せっかくの古い街並みを壊してしまうことになるので、駐車場や周辺道路の渋滞対策としては、254バイパス周辺に何ヶ所か大型駐車場を整備し(あるいは駐車場スペースに余裕がある既存郊外大型店舗と賃貸契約し)、仲町駐車場や宮本町駐車場を製糸場ターミナルとしてシャトルバスでピストン輸送すればいいのだろうか、等と自分勝手に考えています。残念ながら富岡市の行政とは何の関係もない立場なので、きっと届かない意見とは思いますが。

 難しい行政の問題はさておいて、せっかく製糸場に出かけたのに、ゆっくりと見学できなかった人のために、過去の見学時に撮影した写真を追加して掲載しました。2012年10月27日撮影の写真が今回追加したものです。何かの役に立てれば幸いです。(2014/4/29 記)
掲載日:2014/4/26 ▲ページTopへ
 世界文化遺産登録を目指す「富岡製糸場と絹産業遺産群」について、イコモス(*1)は、「世界遺産に登録することがふさわしい」とする勧告をまとめ、ことし6月に世界遺産に登録される見通しとなりました。過去数年の動きを整理しますと、
24年(2012年)
 7月 国の文化審議会が「富岡製糸場と絹産業遺産群」を推薦候補に決定
 8月 国が正式に「富岡製糸場と絹産業遺産群」を推薦候補として決定
 9月 国がユネスコに「推薦書(暫定版)」を提出
25年(2013年)
 1月 国がユネスコに「推薦書(正式版)」を提出
 9月 イコモスによる現地調査
26年(2014年)
 4月 イコモスが「世界遺産に登録することがふさわしい」とする勧告をまとめた(今回)
今後
26年(2014年)
 6月 中東カタールで開かれるユネスコの世界遺産委員会で登録される見通し。

 今回の勧告は、フランスから技術や知識を導入して短期間に生産システムを作り上げ養蚕と生糸産業の革新に決定的な役割を果たしたことが評価され、勧告レベル(*2)の中で最も評価の高い「記載」と呼ばれるもの。一方で、「荒船風穴」の保全対策や、構成資産の管理体制の強化などが求められたとのこと。
 文化庁の担当者は、「パーフェクトに近い勧告で、地元が保全に取り組み、何が世界遺産にふさわしいか推薦の段階でしっかり絞り込んだ成果だと」コメントし、登録に向けて長年月に亘り尽力して来た地元や関係機関皆さんに対して、最高の朗報となりました。本当におめでとうございました。
 絹産業遺産群の一つ、伊勢崎市の田島弥平旧宅がある境島村特集ページを開設したのが2010年4月。以来4年間、富岡製糸場や他の絹産業遺産群を見学し、紹介して参りました私も、この喜びを共有し、今回の勧告を大きなステップとして、心新たに取材や紹介に努力したいと思っています。(2014/4/26 記)

(*1)ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関・イコモス(国際記念物遺跡会議、International Council on Monuments and Sites、略称 ICOMOS
(*2)イコモス勧告レベル
イコモスの勧告レベルは4段階評価で、世界遺産登録の最終判断に大きく影響。
1段階目のレベル=「記載」:世界遺産にふさわしく世界遺産の一覧表に載せるべきというもの。
2段階目のレベル=「情報照会」:追加で情報を提出させ翌年以降に再度審査するよう求めるもの。
3段階目のレベル=「記載延期」:現段階では本質的な改定が必要だとして登録を見送るべきという勧告。
4段階目のレベル=「不記載」:世界遺産としてふさわしくないという判断。
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 2012年7月12日、文化庁の文化審議会世界文化遺産特別委員会において 「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産へ推薦決定されました。
 富岡製糸場を除く他の3つの構成要素も、絹産業遺産として十分に重要な位置を占めながらも、残されている建造物の規模としては、富岡製糸場が他を圧倒する大きさです。
 この富岡製糸場を最初に訪れたのは2011年5月。製糸場内を解説員の説明を聞きながら一回りしました。以来、今年(2012年)6月に製糸場周辺の街歩き、7月に再び製糸場内を解説員付きで見学しました。
 「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産へ登録されつつある今、富岡市と同県人でありながら、また我が伊勢崎市にも田島弥平旧宅がありながら、なかなか改まってこれらの遺産を訪れてみる機会も少なく、詳しく学ぶ機会も多くはありません。
 今回、これらの訪問を機会に、「富岡製糸場」について、あれこれと学びましたので、現地で撮影した写真を中心に紹介します。(2012/8/16 記)

※当ページにも各施設の歴史的事項を多少記してありますが、 詳しくは富岡市のホームページ富岡製糸場に関する資料等をご覧ください。

場内地図

航空写真に見る富岡製糸場

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東繭倉庫(ひがしまゆそうこ)

建築=明治5年(1872)、長さ=104.4m、幅=12.3m、高さ=14.8m、構造形式=木骨レンガ造
用途=1階:事務所・作業所、2階:乾燥させた繭を貯蔵


東繭倉庫(ひがし まゆそうこ)。東側の正門を入ると真正面に見えます。
2011/5/14

東繭倉庫の説明板
2011/5/14


東繭倉庫の東面
2011/5/14


グループごとに説明を聞く見学者
2012/7/21

建築年を刻んだキーストーン
2011/5/14

東繭倉庫の西面
2011/5/14


東繭倉庫の西面と見学者。
2012/7/21

東繭倉庫の南端部
2011/5/14

これは・・・どの場所だったか・・・
思い出せません
2011/5/14

東繭倉庫の通路から南半分
2011/5/14


東繭倉庫の中央通路
2011/5/14


東繭倉庫の中央通路
2011/5/14


建築年(明治五年)を刻んだキーストーン
レンガの積み方はフランス積み(長手方向と小口を交互に積む方式)
2011/5/14


東繭倉庫の西面。右の下屋は乾燥場。
二階にはバルコニーがあります。 2011/5/14

東繭倉庫の西面から見た通路
2012/7/21

東繭倉庫の西面のバルコニー
2012/7/21


西繭倉庫(にしまゆそうこ)




掲載日:2014/2/3 ▲ページTopへ

塀の外から眺める西繭倉庫

昔の賑わいをイメージさせる北側と西側に残る廃墟化した店舗並び

 富岡製糸場の各建物の内、東繭倉庫と双子の建物、西繭倉庫。見学コースでは建物内には入れず、鉄水槽や煙突見学の際に遠目から眺める程度でしたが、かねてより西側から見るとどんな姿なのだろうと気になっていたので、先日1月26日、富岡製糸場の北側と西側の道路を散策し、塀の外から西繭倉庫や繰糸場の姿を見学して来ました。
 敷地全体を囲むコンクリートブロック塀がちょっと無粋で安っぽく、排他的な雰囲気が漂うのが気になりましたが、不法侵入などを防ぐためには仕方ないのでしょう。北側と西側の道路沿いには和菓子屋さんや飲食店などが数店営業し、他にも廃墟化した飲み屋さんなどがたくさん残り、富岡製糸場がまだ現役だった頃には、きっとこの周辺も賑やかだったのだろうと、当時、工場勤務者たちがこの界隈を闊歩する姿をイメージさせてくれました。
 東側の正門前の通りは訪れる度に新たな変化があり、この日も、新しい店舗や店構えを改修した既存店、片付けて整地された空き地、側溝や路肩工事など、訪問者受け入れのための工夫が各所に見られましたが、西側と北側の昔の賑わいをイメージさせる店並びなども、富岡製糸場訪問の別の楽しみ方と思います。富岡製糸場のリピーターの皆さん、またはタップリ時間を取って訪問する際には、北側と西側の住宅街にも足を伸ばしてみませんか。(2014/2/3 記)

この日、繰糸場も撮りました。→こちらでご覧になれます
【西繭倉庫】
 建築=明治5年(1872)、長さ=104.4m、幅=12.3m、高さ=14.8m、構造形式=木骨レンガ造、東繭倉庫とほぼ同サイズ。柱は32cmの杉材で梁は松材。
用途=2階:乾燥させた繭を貯蔵
場所=敷地の西端部。東繭倉庫と平行。
当時の養蚕は年に1回だけの「掃き立て(収繭)」だったため、その繭を一年中収納しておくために造られた。


敷地の外、西側の塀の外(南西側)から見る西繭倉庫
2014/1/26

西繭倉庫と繰糸場(富岡製糸場西側の住宅地から)
2014/1/26

西繭倉庫の2階バルコニー
2014/1/26


西繭倉庫と繰糸場。真ん中に煙突(西側の塀の外から)
2014/1/26


敷地の外、西側の塀の外(北西側)から見る西繭倉庫
2014/1/26


敷地の外、北側の塀の外から見る西繭倉庫や煙突
2014/1/26

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西繭倉庫(敷地内・東側から)
2012/7/21


西繭倉庫(敷地内・南東側から)
2012/7/21

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記念碑と検査人館(けんさにんかん)

【検査人館】
建築=明治6年(1873)
用途=生糸や機械の検査を担当したフランス人男性技術者の住居。
場所=正門入って左側。東繭倉庫の道路を挟んだ東側。

検査人館の説明板
2011/5/14


記念碑の説明板
2011/5/14


記念碑
2011/5/14

検査人館(西面) 2012/10/27

検査人館(西面)
2011/5/14

見学者グループ
2011/5/14

左(東繭倉庫)と右(検査人館)の
間の道路が見学者コース
2011/5/14

検査人館(北面)
2011/5/14

検査人館と女工館を繋ぐ通路
2012/10/27


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女工館

建築=明治6年(1873)
用途=日本人工女に器械による糸取りの技術を教えるために雇われたフランス人女性教師の住居。
場所=正門入って左側。検査人館の並び(南側)。東繭倉庫の道路を挟んだ東側。

女工館の説明板
2012/7/21


左(検査人館)、右(女工館)
2011/5/14


女工館の2階の廊下の天井
2012/10/27

女工館 2011/5/14



女工館の2階の廊下。手摺や天井、窓枠などがいかにも洋館らしい。
2012/10/27


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繰糸場(そうしじょう)

建築=明治5年(1872)、長さ=140.4m、幅=12.3m、高さ=12.1m、構造形式=木骨レンガ造
用途=繭から生糸を取る作業を行う。創業当時はフランス式の繰糸器300釜が整備され、世界最大級規模の工場。
 現在は昭和40年代以降に設置された自動繰糸機が残されています。
場所=正門入って左側。東繭倉庫の南。

繰糸場の外観



繰糸場(北側面)。右の建物は東繭倉庫。
2012/10/27
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繰糸場の説明板
2011/5/14



繰糸場(左)、東繭倉庫(右)
2012/7/21


繰糸場と見学者 2011/5/14

繰糸場の北面 2011/5/14



繰糸場の屋根 2012/7/21

繰糸場の北面 2012/7/21

繰糸場の北面 2011/5/14


繰糸場(左)に入る見学者グループ。右は東繭倉庫 2012/7/21


繰糸場北面の窓 2011/5/14

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繰糸場の内部


建物内に残る案内板
2012/7/21

繰糸場内と見学者
2011/5/14

当時の記録がそのまま残る
2012/7/21

繰糸場内で説明する解説員の方。
2012/7/21

繰糸場東玄関付近の廊下 2011/5/14



大屋根を支えた木造トラス構造 2011/5/14



稼働は停止していますが、このまま動き出しそうな設備。 2012/10/27



まだ現役で稼働しそうな設備 2012/10/27

繰糸場内の展示パネル


フランス式繰糸機を使った繰糸作業の再現
2012/10/27

ブリューナ・エンジンと繰糸器械(実物は別の場所で展示)
2012/10/27

繰糸場を敷地の外(西)側から


西側の正の外から眺める繰糸場
2014/1/26

西側の住宅地から眺める繰糸場
2014/1/26

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ブリュナ館

建築=明治6年(1873)、建坪=320坪(約1,056㎡)、構造形式=木骨レンガ造。
 当時造られたレンガ造りの地下室が現存。
用途=指導者・フランス人ポールブリュナの家族住居。後に工女に読み書きを教える夜間学校として利用。
場所=正門入って左側の一番奥(南側)。

ブリュナ館の説明板
2011/5/14



ブリュナ館(北側から)と見学者
2012/7/21


レンガ積排水溝
(ここを通って鏑川に流れ込みます)
2011/5/14

ブリュナ館(北側から) 2011/5/14


ブリュナ館(北側から) 2011/5/14


ブリュナ館(南側から) 2011/5/14

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乾燥場と煙突

現在の煙突は昭和14年に建造された鉄筋コンクリート製。当初の煙突は高さ36mの鉄製煙突。
場所=乾燥場の西側。繰糸場の北側。

乾燥場の説明板
2012/7/21


(注意)乾燥場は2014年2月14日、15日に降った記録的な大雪のため、半壊したとのことです。その後、右の写真に示す姿に修復されているか、未確認です。

乾燥場 2012/7/21

2011/5/14

青空に映える鉄筋コンクリート製煙突 2011/5/14

煙突の説明板 2011/5/14

2011/5/14

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鉄水槽


鉄水槽 2012/7/21

鉄水槽 2012/7/21

鉄水槽の案内板 2012/7/21

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診療所


診療所の説明板 2012/10/27


案内板の右下に
「##宮殿下##」
の文字が見えます。
次回見学時に全体を確認しましょう。

診療所玄関付近 2012/10/27

2011/5/14

2011/5/14

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正門脇に立つ真っ赤な丸い郵便ポスト・まだ現役です


2012/7/21

2012/7/21

2012/7/21
→真っ赤な郵便ポスト



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