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 掲載日:2010/10/7 写真下の日付は撮影日
鎮座地:群馬県伊勢崎市稲荷町甲368番地|地図拡大表示


 2010年10月2日付けの上毛新聞に、伊勢崎市の今村神社の旧大鏡院仁王門が10月1日付で伊勢崎市重要文化財に指定された記事が掲載されました。
 「ん?今村神社?どこかで聞いた名前だなぁ・・・」
 と思って、撮り溜めした伊勢崎市の神社仏閣の写真を探してみると、ありました、ありました。昨年と今年と二度ほど撮影してありました。

 この今村神社、最初の出会いは前橋県道を駒形方面から南に下って来て、途中で適当に集落の小路に入り、ブラリサイクリングしている時でした。

 区画整理も耕地整理もされていない、昔ながらの集落の中の狭くて曲った道を適当に走り、その内に何処を走っているか皆目見当が付かなくなった頃、前方に突然に松林が見えて、「お~、何かいい雰囲気だなぁ・・・」と思って近づいてみると、それが今村神社の北西側の松林でした。


 松林は下草が程良く刈り込まれて、中には獣道のような路が何本か通っていて、とてもいい雰囲気です。自転車を転がしながら歩き進むと、そこに鎮座していたのが今村神社でした。
 と言う訳で、今村神社との最初の出会いは、西側の松林に誘われてのことでした。

 境内の西側には遊具があって、若いお母さんお二人が子供たちを遊ばせていました。

 杜に囲まれた村の神社と言った、とても素朴で雰囲気のある神社です。

(2010/10/7 記)

今村神社参道
2010/5/2


参道に並ぶ鳥居
2009/7/12


一段高くなっている社殿
2010/5/2


社務所(本殿の東側にあります)
2010/5/2

今村神社拝殿
2010/5/2



今村神社本殿(←)と拝殿(→)
2009/7/12


手水舎(ちょうずや・てみずや)
2009/7/12


境内の西側に建ついくつかの石碑
2010/5/2

大きな木々に囲まれた境内
2009/7/12


境内西側に置かれた遊具。
子供たちの遊び場です。
2009/7/12

社殿と仁王門の間の距離は
ご覧のようにとても長く、
現在は広場になっています。
中央後方が仁王門
2010/5/2


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旧大鏡院仁王門


 南側の通りに面した鳥居をくぐり、さらにもう一つの鳥居をくぐると仁王門があります。伊勢崎市内の神社で神門を有するのはここ今村神社だけとのことです。仁王門には門の左右に金剛力士像が立っています。


旧大鏡院仁王門
2010/5/12


金剛力士像(仁王像)
口を結んだ吽形(うんぎょう)
2009/7/12

金剛力士像(仁王像)
口を開いた阿形(あぎょう)
2009/7/12
金剛力士像も光の具合でまた違って見えます。


2010/5/2


2010/5/2

仁王門の天井や梁の装飾
2010/5/2

【今村神社・祭神】

主祭神  火産霊命(ほむすびのみこと)
配祀神
  大山祇(おおやまつみ)命
  大雷(おおいかづち)命
  素盞鳴(すさのお)命
  大己貴(おおなむち)命
  五十猛(いそたける)命
  天児屋根(あまのこやね)命
  菅原道真命
宇気母智(うけもち)命
倉稲魂(うかのみたま)命
埴土山姫(はにやまひめ)命
健御名方(たけみなかた)命
誉田別(ほんだわけ)命
市杵島姫(いちきしまひめ)命

【今村神社・由緒】

 火伏せの神、五穀豊穣の神として崇敬拝されている当社は、もと愛宕神社と称し、四条天皇の御代の延応元年(1239)8月15日、鎌倉将軍家評定衆の那波政茂がこの地に築城した時、氏神として崇敬し、社殿を創建して社領10貫文の地を寄進されたのを起源とする。
 その後、九世の孫那波顕宗が正親町(おおぎまち)天皇の天正18年(1590)9月、奥州九戸において戦没してからは、そのこともなくなった。時は移り、明治7年村社に列せられ、同40年6月25日、近傍の6社を合祀すると共に、今村神社と改称した。
 伊勢崎市内の神社で、神門を有しているのは当社だけであり、大変珍しい例である。
 三間一戸の八脚門で切妻造の神門から社殿までの参道は大変長く、途中には石造りの鳥居二其が建つ。それぞれ脚部には元禄14年(1701)、享保19年(1734)と建立年号が刻まれている。

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【祭日】
  2月 3日:節分祭
  2月17日:祈年祭
  4月 3日:例大祭
  7月25日:夏祭り
 10月17日:秋季例祭
 11月23日:新穀感謝祭

【境内神社】
  神 明 宮:大日孁命
  日枝神社:大山咋命
  煩宇斯(わずらいのうし)神社:煩宇斯命

【境内地】
 約 341坪



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