Go!伊勢崎 平成19年度埋蔵文化財発掘調査速報展(その1) [ その2遺跡・古墳里山 ]  [ Home ]

平成19年度埋蔵文化財発掘調査速報展(その1)


大沼上遺跡(おおぬまうえいせき)田中田遺跡・中屋敷東遺跡(たなかだいせき・なかやしきひがしいせき)
大道上遺跡(おおみちうえいせき)寿町遺跡(ことぶきちょういせき)喜多町遺跡(きたまちいせき)胴山遺跡(どうやまいせき)
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掲載日:2007/7/22 画像の日付は撮影日
 伊勢崎市内で平成18年度に行われた発掘調査の成果報告を「平成19年度埋蔵文化財発掘調査速報展」として、市内3ヶ所でリレー開催しています。
 皮切りは「伊勢崎市赤堀歴史民族資料館」で、平成19年7月21日〜8月19日の期間です。私は2日目の本日(7/22)、見学に行って参りました。昨年度、休日を利用して度々訪れた5ヶ所の遺跡も正式に命名されていて、いくつかの出土品がパネル説明文と共に展示されていました。伊勢崎PAの「中屋敷東遺跡では縄文時代早期(約8,000年前)の土器片が大量に発掘されたり、都市計画道路「安堀町・美茂呂線」の「寿町遺跡」では皇朝十二銭(こうちょうじゅうにせん)の「隆平永宝」が3枚出土したとのこと。群馬県内では過去に4枚、伊勢崎市内では初めての出土とのことです。
 これらの出土品に接し、当時の人々の生活がこの地で営まれていたことに思いを馳せ、また新たに考古学に興味を持ちました。面白いのは全く同じ調査地で時代が全く異なる時代の遺物が発掘されること、人類が営々と営む歴史を考えれば当然のことですが、何千年後の人類が、今の私達のこの生活状況を発掘することもあるのでしょうか。それとも文字や画像による記録手段が発達した以降はそのような事は不要なのでしょうか。
 会場は下記の通りですが、会場の広さは赤堀が一番広いのではないでしょうか。ただ、本日はまだ資料を整理中の遺跡もあり、それらは他の会場の展示には間に合うかも知れません。3会場の全てを見学するのがお薦めです。是非、展示室で出土品を実際に自分の目でご覧ください。
(2007/7/22 記)
 ・伊勢崎市赤堀歴史民族資料館 平成19年7月21日〜8月19日
 ・伊勢崎図書館 平成19年8月25日〜9月24日
 ・あずま公民館 平成19年10月9日〜12月13日

 下記6ヶ所は「平成19年度埋蔵文化財発掘調査速報展(その2)」をご覧ください。
  • 寺回遺跡(てらまわりいせき)
  • 川上遺跡(かわうえいせき)
  • 越切遺跡・叺遺跡(こしきりいせき・かますいせき)
  • 伊与久・久保田東遺跡(いよく・くぼたひがしいせき)
  • 上植木廃寺(かみうえきはいじ)
  • 北小校庭遺跡(きたしょうこうていいせき)
(*)展示室の撮影は資料館の許可を得ています。皆さんが撮影する場合にもご確認ください。

平成18年度に調査した遺跡マップ
2007/7/22

会場入口の案内  2007/7/22





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大沼上遺跡(おおぬまうえいせき)

波志江町一丁目
 この場所は「波志江沼環境ふれあい公園」の交流広場(2007/7現在建設中)の東側近辺です。駐車場や拡幅道路部になる場所です。 [当サイトでの紹介ページ]
【パネルの説明文】
 大沼上遺跡は、公園事業整備に伴い発掘調査が行われました。
 発掘調査では、古代(約1,300年前)の竪穴住居跡7軒、中世(約700年前)の館跡・方形竪穴式建物跡、井戸などがみつかりました。
 中世の館跡は、溝で四角く区画された中に柱穴群や井戸が確認されており、高床式の建物が作られていたと考えられます。この館跡からは軟質陶器や石臼、石造物など多くの遺物が出土しています。中世の方形竪穴式建造物はいずれも長方形で、その四隅や壁際に柱穴が設けられ、建物跡からは古銭が多量に発見されています。

赤堀歴史民族資料館にて 2007/7/22

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田中田遺跡(たなかだいせき)・中屋敷東遺跡(なかやしきひがしいせき)

波志江町二丁目
[当サイトでの紹介ページ]
【パネルの説明文】
 田中田遺跡・中屋敷東遺跡は、北関東自動車道伊勢崎PAに設置するスマートIC建設に伴い発掘調査が実施されました。
 発掘調査では隣接する両遺跡とも、古墳時代から平安時代にわたる水田が重なるように4面確認され、長期間にわたり稲作が営まれていたようです。中屋敷東遺跡では、縄文時代早期(約8,000年前)の土器片が多量に出土するとともに、拳大ほどの黒曜石が2点穴の中から出土しました。
 本遺跡の出土遺物は、現在整理中です。

赤堀歴史民族資料館にて 2007/7/22

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大道上遺跡(おおみちうえいせき)

東小保方町
(仮称)伊勢崎東部ショッピングモール(2007/7現在、周辺道路や用水を整備中)の建設地です。
[当サイトでの紹介ページ]
【パネルの説明文】
 大道上遺跡は、大型商業施設建設に伴い発掘調査が実施されました。
 発掘調査では約4,600uが対象となり、平安時代(約1,200年前)を中心に、竪穴住居跡8軒、掘立柱建物跡3棟、井戸跡2基などの他、鉄の塊から鉄製品を生産したと考えられる鍛冶遺構も発見されました。
 調査を行った竪穴式住居跡8軒の内、4号住居跡は9.5m×7.5mの方形に掘り込まれ、他の住居跡に比べると約2倍の床面積を測る大型の住居です。
 本遺跡の出土遺物は、現在整理中です。

赤堀歴史民族資料館にて 2007/7/22

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寿町遺跡(ことぶきちょういせき)

寿町
「都市計画道路 安堀町・美茂呂線」建設予定地です。 [当サイトでの紹介ページ]
【パネルの説明文】
 寿町遺跡は、都市計画道路築造に伴い発掘調査が実施されました。
 発掘調査の結果、古代の竪穴住居跡33軒を中心とした集落であることがわかりました。
 古代の竪穴式住居跡内からは多くの土器が出土しましたが、注目すべき遺物として、皇朝(こうちょう)十二銭の「隆平永宝(りゅうへいえいほう)」(初鋳年代796年)が3枚出土しました。これまでに県内では4枚出土していますが、市内での出土は初めてです。住居跡内からの出土事例は多く、住居の構築や廃棄の祭祀行為に使用されたものと推測されます。

赤堀歴史民族資料館にて 2007/7/22

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喜多町遺跡(きたまちいせき)

太田町、曲輪町
「伊勢崎駅周辺第二土地区画整理事業」内の区道建設地です。
【パネルの説明文】
 喜多町遺跡は、土地区画整理事業に伴い発掘調査が実施されました。
 発掘調査では、縄文時代中期(約4,000年前)の竪穴住居跡3軒、古墳時代前期(約1,700年前)の竪穴式住居跡22軒、古墳時代中期(約1,500年前)の竪穴式住居跡10軒等の遺構が確認されました。
 古墳時代前期(約1,700年前)の竪穴式住居跡は、数軒が重なりあうように発見されたことから、一時期にすべての竪穴住居が存在したのではなく、何度も建て直しがおこなわれ、集落が営まれていたようです。
 本遺跡の出土遺物は、現在整理中です。

赤堀歴史民族資料館にて 2007/7/22

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胴山(どうやませき)

下触町
上武道路と北関東側道の交差点(五目牛交差点)の北側とその北東側の店舗(既に完成して営業中)の場所です。すぐ北側には胴山古墳があります。
【パネルの説明文】
 胴山遺跡は市道改良事業、店舗及び工場建設に伴って2箇所発掘調査が実施されました。
 隣接した2地点からは、縄文時代後期(約3,000年前)の竪穴住居跡5軒、古墳時代前期(約1,700年前)の方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)6基を中心に確認されました。
 縄文時代の遺物には土器・石器が多く出土し、特異なものとして、土偶頭部や土製の耳飾が出土しています。古墳時代前期の方形周溝墓は、溝により方形に区画された当時の有力者の墓で、この地域では多く発見されています。溝の中から出土した壺は、意図的に置かれたもので、埋葬の儀式に関るものでしょう。

赤堀歴史民族資料館にて 2007/7/22


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