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鎮座地:伊勢崎市宮前町1,282番地

拝殿や本殿、境内下植木赤城神社石造美術群黄葉する境内由緒祭神、祭日、境内神社

 掲載日:2011/12/25 写真下の日付は撮影日

 伊勢崎市の中心部から桐生県道を通って桐生方面へ向かい、粕川を渡る天増寺橋を過ぎるとすぐ右手に木立が現れます。密集する住宅地にあって少なからぬ緑の量は、サイクリングの足を運ばせるに十分な量で、最初の出会いもその緑の誘惑でした。
 近付いてみればそこには赤城神社が鎮座していて、立派な拝殿や本殿、境内社や石碑などが並び、境内の隅には群馬県指定の石造美術群なども保存されています。

 桐生県道を挟んだ北側には天増寺があり、粕川の西側には大圓寺もあります。天気のいい日に、神社仏閣巡りの散策などいかがでしょうか。(2011/12/21 記)


赤城神社・拝殿
2011/12/11


拝殿や本殿、境内


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南側の鳥居。奥に拝殿
2008/5/3



参道と拝殿
2008/5/3



鳥居脇に立つ村社・赤城神社の石碑
2008/5/3


当社の由緒が刻まれている石碑
2011/12/11

拝殿
2008/5/3



2対の石灯籠と拝殿
2008/5/3


本殿
2008/5/3


駒留石(こまとめいし)。
流鏑馬(やぶさめ)神事に用いられ、
地中に埋もれてはいるものの、高さ六尺以上とのこと。
2009/4/1



「佐位大社 従四位上 殖木鎮座 郡玉明神」の石碑
2011/12/11
境内神社

2011/12/23

2011/12/23


本殿と拝殿
2011/12/23


下植木赤城神社石造美術群




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群馬県指定重要文化財 下植木赤城神社石造美術群 昭和35年3月23日 指定

 古碑殿内にある中央の宝塔二基と、左側の石幢(せきどう)一基が指定物件で、右側の宝塔には観応(かんのう)二年(1351)、左側の宝塔には貞治(じょうじ)五年(1366)、いちばん左側の石幢には延徳二年(1490)のそれぞれ刻銘があり、造立(ぞうりゅう)は南北朝時代から室町時代初期のものです。形態はさまざまですが、基礎部の刻銘などにより、法華(ほっけ)信仰がうかがえ、北方の天増寺にある「天増寺宝塔」(県指定重要文化財)とともに、当時、この地方に法華経(ほっけきょう)に伴う信仰が広がっていたことがわかります。特に、貞治の宝塔の基礎部には「泰造立殖木宮石塔事」として願文(がんもん)とともに、織物と関係の深い泰姓(はたせい)の四人の名を刻んでいることなどが特徴です。

平成3年8月9日
伊勢崎市教育委員会



群馬県重要文化財指定
石幢(左)、宝塔(右)
2011/12/23



群馬県重要文化財指定 宝塔
2011/12/23



群馬県重要文化財指定 石幢
2011/12/23



金網で覆われているので、
撮影はいつか改めて出向きましょう。
2008/5/3


群馬県重要文化財指定 宝塔(左)
2011/12/23



群馬県重要文化財指定 宝塔
2011/12/23



群馬県重要文化財指定 宝塔2基
2011/12/23



境内西側に保存されている石造美術群の説明
2008/5/3



下植木赤城神社石造美術群が保存されている建物
境内の北西隅にあります。
2008/5/3



境内
2008/5/3

黄葉する境内




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境内を囲う黄葉(天増寺橋から)
2011/12/11



見上げれば爽やかな青空と黄葉の輝き
2011/12/11

社務所を覆う黄葉
2011/12/11



境内の西側の黄葉
2011/12/11


2011/12/11


赤城神社・由緒


 ※以下の文章は、「伊勢崎佐波の神社誌」から引用し、一部編集を加えました。 ▲ページTopへ

 伊勢崎市宮前町の赤城神社は、人皇27代安閑天皇の御代の創立にして、近傍の鎮守であり、当社末社と称するもの99社ありと伝えられる。社家古記録によると、源頼朝草創の頃に殖木氏が修理し、後村上天皇の御代、正平(しょうへい)5年(1350)、上杉民部大輔が上野国を領した時再建された。上野国神名帳佐位郡従四位上郡玉明神がこれである。慶長年間(1596〜1614)、伊勢崎藩主稲垣右衛門長茂が修理を加え、赤城神社と称し、神田を寄進した。
 社地内崇光(すこう)天皇の御代の観応2年(1351)11月の宝塔と、後光厳(ごこうごん)天皇の御代の貞治(じょうじ)5年(1366)11月の多宝塔、さらに後土御門(ごつちみかど)天皇の御代の延徳2年(1490)の石幢(せきどう・cf.下記注)があり、3つとも群馬県指定重要文化財に指定されている。
 当時恒例の流鏑馬(やぶさめ)神事に用いた台石一個が参道中央にあり、地中に埋もれているが、その丈は六尺以上と言われている。また、旧国指定重要美術品に指定されていた赤城大明神の御正体(みしょうたい)(懸仏(かけぼとけ)・千手観音(せんじゅかんのん)像)があったが、現在は以前に当社宮司を務めていた井下家(東京在住)に保管されている。
 明治6年3月村社に列し、同41年3月境内末社を合祀し、現在に至る。
(2011/12/20 掲載)

■石幢(せきどう)石造建築物の一つ。六角または八角の柱状幢身と龕(がん)部・笠・宝珠などより成る。
 中国では唐代以後、日本では鎌倉末期以後に建てられた。

【祭神、祭日、境内神社】


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【祭神】

【祭日】

【境内神社】

主祭神 大己貴(おおなむち)命 2月17日:祈念祭
4月15日:春祭り
7月26日:八坂祭
10月17日:秋季例祭
11月23日:勤労感謝祭
11月23日:秋葉祭
11月初子の日:御神事祭
八坂神社:素盞鳴(すさのお)命
秋葉神社:火産霊命(ほむすびのみこと)


【境内地】 約 1013坪
配祀神 菅原道真(すがわらみちざね)命
最上(もがみ)命
素盞鳴(すさのお)命
倉稲魂(うかのみたま)命
大物主(おおものぬし)命
木花咲爺姫(このはなさくやひめ)命
大山祇(おおやまつみ)命
誉田別(ほんだわけ)命




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